ADHD的LIFE

ポンコツ管理人による世の中にいる5%のポンコツな人達向けの誰得ポンコツブログ

ADHDは車の運転を出来るだけしないほうがいい

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ADHDの人は車の運転で事故を起こしやすいと言われている。
ADHDの基本症状は不注意・多動・衝動性なので、これだけ見ても運転に向いていなさそうなのがよくわかる。
僕は大きな事故は無いが、一回だけ駐車場から出る際に親の車にぶつけてしまって修理費で20万円近くふっ飛ばしたことがある。貧乏なのに洒落にならない・・・。
今回は実際に僕の体験談を混じえながら書いていこうと思う。


そもそも免許を取る前から向いてないと判っていた

日本社会には車の免許は持っていて当たり前だという空気が未だに根強い。
二十歳になるまでに男性はマニュアル車の免許を取りに行って当たり前だと言う空気に流され、僕も当然マニュアル免許を取りに行った。

いざ車の運転をしてみると、ADHDの不注意からか、ミスの連続だった。
僕の場合はそれプラス、発達性協調運動障害(DCD)があったらしく、これは大層な名前がついてるけど、ようするに運動系はクッソ不器用で要領が悪いということである。

教官にボロクソに言われた。社会に出て通用しないよとまで言われた。
あいつらも商売なので下手くそは徹底的超過(合格できないと追加料金を支払う必要がある)させる。今でこそわからないが、人を見下したような発言も平気でした。
基本的に車の教官というのは車の運転が得意な人がなるものだから、車の運転が下手くそな人の気持ちなんて知ったことはないのだ。

ペーパーの適正検査で貴方は車の運転に向いていませんという結果もでた。
今思うとこれはADHDがあるかどうかのテストにも思える。確かにテストの通りだと思うから反論の余地はない。

 

ADHDの症状があると運転を主とする職業の選択肢はなくなる

そんなこんなで何とか免許はとったものの、車の運転を主とする仕事には就けないかなと思った。
これは車の運転スキルというよりも、やはり不注意によるものが大きい。

それプラス、ADHDは空間把握が弱く、方向音痴な人も多い。僕もその一人だ。
タクシーやトラックの運ちゃんになったとして、明後日の方向に行ってしまったり、一方通行道路に間違えて侵入してしまったりしてきっと仕事にはならないだろう。
それにどんなに注意をしていても、四六時中運転していれば不注意の特性からいつかは事故も起こしそうだ。

車の運転する職業は煩わしい人間関係はあまりないので、アスペルガーの人でADHDの症状が無い人は向いていると思う。
ADHDの場合、一人で黙々とできる仕事なのに特性から選択肢に入らないといのが泣けてくる。

 

車通勤してみた時の感想

そんな僕だけど、目立った事故は冒頭の一回しか起こしておらず、ゴールド免許を維持している。
自分が向いていないことを自覚しているからか、安全運転を心がけているおかげなのかもしれない。

そんな僕だけど、もう一つの問題があった。これは毎日車通勤をしてみて初めてわかったことだけど、居眠り運転に陥る可能性があることだ。
ADHDの人は睡眠障害を持っていることが多く、僕も幼少のことから寝付きが悪かった。それは大人になっても改善されることなく、睡眠不足を感じる日々だった。
慣れてる道を走るとどうしようもなく眠くなる日も多く、1時間かかる道のりの半分くらいに差し掛かると、僕はコンビニに車をとめて10分位仮眠をとる日々も多かった。

やはり、「根本的に車の運転に向いていない」のだ。万一「大きな事故を起こしたら取り返しがつかない」ことになる。
それでも余っ程の都会にでも住んでいないと、車の運転をせざる負えない時が多々あるのは悩ましい。

発達障害の末路

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僕は将来どうなるのだろうってよく考えることがある。
25歳を超えると、自分の限界が見えてくる。
人並みか、人並み以上か、人並み以下なのか段々わかってくるようになる。
とりあえず、並み以下なのであろう。
そして人並みの生活をすることは実は自分にとってはとても難しいことに気づく。

道行く幸せそうな人達とそうでない人達

街を歩いてみると、楽しそうにしている学生達が羨ましく映る。
僕はリア充ではなかったし、いじめられた時期もあったけど、それでも楽しかった時期は多かった。
同年代で他愛のない毎日過ごすってことは実はとても貴重なことで、学生の僕にはそれがわからなかった。宝くじがあたって大富豪になったとしても、同じ経験はできないだろう。

幸せそうな若い夫婦と小さな子供が羨ましく映る。
僕はおそらく、こうはなれないのだろう。自分のことで精一杯だ。
自分の世話もろくにできないのに人と一緒に暮らせるのかとか、自分の発達障害が子供に遺伝したらどうしようとか、そんなことを考えてしまう。
まぁそもそもモテる要素もないからそんなことを考える必要もないといえばないのだけど。

路上生活をしている人が将来の自分に重なって見える。
よく観察しているとわかることだけど、路上生活してる人は一人でブツブツ何かにキレている人が多い。

子供の頃はこの人達は得体の知れないに恐ろしい人に見えた。知った今は、この人達はきっと何らかの発達障害なんだろうと思うようになった。

彼らの若い時代はどんな人達だったんだろうとか、どんな仕事をしてきたのだろうかとか、家族が亡くなって一人で生きていくしかなくなってこうなってしまったのだろうかとか、色々妄想を張り巡らせた。
もしかしたら、僕は昔の彼らと同じなのかもしれない。

 

そうならない為には自分で生きる術を見つけるしか無い

僕も含めて、多くの人達が家を失うくらいまで追い詰められたなら生活保護を考えるだろう。それすら却下されたならもう自らの手で命を絶つしかないんじゃないかと思う。
そうなった時、少なくとも自分なら人生を挽回する気力はもう無い。

ちなみに他に発達障害は支援は受けれるのかと言うと、発達障害単体では障害年金は降りない。他の鬱病などの精神病を発症していれば貰える可能性はある。

障害者作業所なんてものはボランティアに近いし、誰かに養っていてもらえないととてもじゃないけどそれだけでは暮らしていけない。
一般企業の障害者枠は給料が安いだけで、現状あまりあてにならない。

ようするに発達障害はハンデがあるにも関わらず、録な支援は受けれないから、自分で「そうなる前に生きる術を見つける」しか無い。この辺の闇はまたどこかで記事に書こうと思う。

発達障害は一人暮らしをするな

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多くの学生は一人暮らしに憧れていると思う。
とやかくうるさい母親父親は居ないし、好きなだけ自分のことができて、うざい兄弟もいない。学生のうちは一人暮らししているというだけで、仲間内のアジト状態になり、いつの間にか中心人物になっていたりする。

社会人になってからの一人暮らしは一種の「社会的なステータス」であることは間違いない。
親元から離れて自力で暮らしていくこと自体が評価されたりする。
ではどんな人でも一人暮らししたほうがいいかといえば、そうでもない。


うざいぐらい一人暮らしを薦める人の心理

実家暮らしをしていると、それだけで○○君は一人暮らしする気ないの?と聞かれることもしばしばある。女性ならそこまでないかもしれないが、男性の場合は本当に多い。
彼らの頭の中で「親元にいると自立できていない」と本気で思っている。

そして、「人を見下して優越感に浸っている」ことがヒシヒシと伝わってくる。
もう一つあるのは嫉妬心だ。「俺は家賃やら食費やらすべてやりくりしてるのに」と勝手に被害妄想をしている。

ハッキリ言って大きなお世話だし、こっちの事情なんてまるで知ったこっちゃない。
世の中には「親に生活費を当てにされている子供もたくさんいる」。
でも、そんなことはイチイチ言いたくもないし、結局笑ってごまかすしかないのだ。

僕もその一人だし、親にある程度のお金を渡しながら一人暮らしなんかしてたら破産してしまう。
そんな独りよがりの価値観をもつ彼らを相手にする必要はない。

 

そもそも一人暮らしが当たり前の価値観になったのは最近のこと

そもそも日本の社会では結婚するまでは、いや、結婚してからも親と同居するのは当たり前のことだった。一人暮らしという概念が生まれたのはわりと最近だろう。

最初は地方から仕事を探しに出てきた人が止むなくしているにすぎなかった。
だが、いつの間にか二十歳を超えたら「一人暮らしをして当然」という価値観が植え付けられた。

これらは「裕福層がより多くの家を貸したい・家を建てたい」だけなのである。
そして安い給料で一人暮らしをすれば、生活で精一杯になり、将来に向けて蓄えなどできない。何時まで経っても「貧乏人は貧乏人のままで、金持ちは金持ちのままだ」。

 

発達障害の一人暮らしは危険

それでも様々な事情で止むなく一人暮らしをする人は多いと思う。
前述したとおり、一人暮らしのデメリットはまず生活費の負担が大きすぎることだ。
これは発達障害だろうが、そうでなかろうが、ごく普通の給料をもらっていれば当たり前のことだ。

これに発達障害ADHDが加わるとどうなるかというと、「お金の管理ができない人は生活が破綻する」。
ただお金にルーズなのではない。ADHDの症状の一つだ。
片付けられない人の生活が破綻する。」これもADHDの症状の一つ。そして「鬱病の症状」の一つでもある

ADHD発達障害はストレスを多く抱える為、鬱病を併発してしまっているケースも多い。

これは僕が出張先で半年ほど一人暮らししていた時の話だが、僕はADHDがあるが、その2つの症状はなかった。ただ、ストレスからか金遣いは荒くなったけど(主にゲーセン)、生活が破綻するようなものではなかった。

ただ、先輩に目をつけられ、いびられ続けていたので相当なストレスを貯めており、精神はボロボロだった。
期間が決まっているのと出張手当があったから耐えれたけど、これが手当もない普通の一人暮らしだったら、少なくともお金は何も貯まらなかっただろう。

 

owaterune.hatenablog.com

 以前のエントリーだが、発達障害は仕事を辞めざるおえない時が多々ある、出来る限り最悪な自体を想定して動くべきだ。
発達障害持ちの貴方は実家ぐらしを恥ずる必要はない」。「お金が全くなくなって自分の世話すらできなくなった時のほうがよっぽど迷惑なのだから」。

発達障害は天才や成功している人が多い?嘘もほどほどにしろ

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発達障害ADHDぐぐると基本的にネガティブな記事ばかりだが、中にはあの偉人は発達障害だったとか発達障害は天才が多いとか、ポジティブな記事もでてくる。
もし貴方の子供が発達障害で「うちの子は天才になるかも!」「他所の子と少し違うのは凡人ではない証拠!」と淡い期待を抱いていたら、認識を改めたほうがいい。

 

そうそうたる顔ぶれのADHD発達障害の偉人達

最近、有名人が発達障害カミングアウトすることも増えている。
カミングアウトした有名人を見ると、やっぱり人と少し違ってる印象は確かにある。

adhd-guide.info

こちらのサイトではそうした有名人のまとめられている。
そうそうたる顔ぶれだ。日本人を見ただけでも、ミスター・ジャイアンツの長嶋茂雄から天才画伯の山下清、最近ではネガティブ過ぎるモデルの栗原類もあげられている。
あの世紀の大天才アインシュタインだってADHDらしいのだから驚きだ。

 

発達障害であれば天才や偉人になれるのか?

このようなまとめを見ると、何だ発達障害ってネガティブなイメージあったけど、天才肌なのかとか、結局個性が強いだけなのでは?とか思えてしまっても不思議ではない。
それに発達障害は過集中やこだわりがあるから、物事がハマったら滅法強いだろうし、と思ってしまう人も多そうだ。
現実は「多くの発達障害は過集中が発動しても人並みか人よりちょい上がいいとこ」なのである。

凡人+発達障害」の組み合わせはこんなもんだ。メリットは人よりちょっと作文がうまいかなとか、レゴブロックがうまいかなとか、絵がうまいかなとかそんなレベル。
そして遥かに発達障害のデメリットのほうが問題がある。

天才+発達障害」の組み合わせは本当にすごい人が現れるかもしれないが、それは生まれ持って知能が抜群に高かったり、運動神経がずばぬけていたり、感性がものすごかったりと+αの部分がすごく大きい。
それにそのような天才だったとしても、コミュニケーションが原因で干されたりして成功しなかった人も多いだろう。

 

結局凡人の発達障害はどうすればいいか

人並みにできることや、人よりちょい上くらいに出来ることを食い扶持にして生きていくことが一番マシに生きれるかと思う。が、それって案外難しいし、僕も実際できていないと思う。
以前記事にしたが、もし発達障害持ちのお子さんがいる方はこの記事を見てほしい。

owaterune.hatenablog.com 

発達障害が人生において成功する可能性は、幼少期の教育も大きいと思う。
天才や偉人にはなれなくとも、得意分野を引き伸ばしてやることが一番なんじゃないかなと僕は思う。

発達障害は無理せず身の丈にあった趣味を探そう

基本的に発達障害は日本社会に適応しにくい。
金銭的に恵まれてる家系に産まれたり、才能が開花した人達は別だ。
また、いい旦那さんを捕まえて問題なく家庭を築いてる女性も居るだろう。
実のところ、一番生きにくいのは男性の発達障害もちだと思う。
勿論ヒモをしている男も世の中には居るが、一握りの存在だ。

 

発達障害は生活コストを抑えるべき

養ってもらえる見込みがない人は常にお金のことを考えていたほうがいい。
何故なら常に会社を辞めざるおえなくなるリスクを背負っているからだ。
俺は仕事が上手くいっているから大丈夫!」と高をくくっている人はその認識を改めた方がいい。

owaterune.hatenablog.com

 以前この記事では仕事がうまくいってるなら転職をするなと書いたが、転職を考えなくても突然向いていない部署に転属されたり、攻撃的な人間に出会ってしまい、精神を病んでしまうことは十分に考えられ、結果的に会社を辞めることを選択しなくてはならない時がくる可能性が高い。
僕たちは適性がない環境には極端に弱いことを忘れてはいけない。
間違っても成功者がよく言う、「若い頃は金をジャブジャブ使っていけ!」は真に受けてはいけない。
それは能力がある人達でどんな環境にも適応できる人達のことだ。真に受けて高級車や夜遊びやギャンブルなんかに手を出してはいけない。
お金に余裕があれば職を失っても貯金で当面は生活できるし、その間に色々と他の道を模索してみるのも良いだろう。

 

お金を使わなくとも幸せに生きることはできる

発達障害は一人でいることを好む人が多いと思う。
例えばADHDもちの僕は団体スポーツが極端に苦手なので、自ずと一人で遊ぶことを覚えた。アスペルガーの人は誰かと一緒にいるだけで疲れたりもするだろう。
人と一緒にいるのが苦手な人は無理をしなくてもいい。

今の時代1000円も出せば映画は定額で見放題だし、基本無料のゲームもたくさんある。家庭用のゲームは飽きたら中古で売れば5割は返ってくるだろう。

本を読み漁るにしても、今の時代は電子書籍があるし、レンタルで漫画も一冊50円の時代だ。古い本でも良いなら図書館にいけば無料で借りることもできる。
こうして考えると娯楽に関していえば、昔よりずっと今の方がいい。
経験から無理してリア充になろうとするよりは、「オタクと馬鹿にされても自分の好きなことをするべきだと思う」そのほうが僕たちはよっぽど幸せだったりする。

これは僕の個人的な趣味だが、自転車でブラつくのも案外楽しい。
自転車が趣味というと、完全武装したロードバイクを想像される方もおおいかもしれないが安いクロスバイクでもママチャリよりは全然速い。

 

クロスバイク 26インチ カゴ付き 泥除け シマノ6段変速ギア T-MCA266-43-WH VIENTO TOPONE(トップワン)ホワイト
クロスバイク 26インチ カゴ付き 泥除け シマノ6段変速ギア T-MCA266-43-WH VIENTO TOPONE(トップワン)ホワイト

 

これは僕が使っているクロスバイクではないが、この位のスペックのものでも結構遠くまでサイクリングすることができ、いい運動になる。
どうしても一人で出来る趣味はインドアなものになってしまうので、気軽な運動としておすすめだ。

もしも貴方の子供が発達障害だったら

僕はごく普通の両親の元に生まれた。経済的には中流以下の家庭だったけどお金には困ったことはなかった。
習い事はいくつか習わされたけど、どれも自分に興味のないものばかりだった。
両親には悪いけど、結局その習い事が役に立つことは殆ど無かった。
当時は発達障害なんて殆ど知られていなかったと思う。
親たちは子供にはとりあえず将来役に立ちそうな習い事や、精神を鍛えるために身近なスポーツを習わせた。

 

もしも僕がADHDで無かったら

時々ふと思うことがある。もしも僕がADHDでは無かったら、人並みの器用さや運動神経をもっていたらどうだったのだろうかと。
とりあえずサッカーや野球やバスケ等は普通にできたはずだ。
勿論トップクラスなんて贅沢は言わない。平凡でもいい。
平凡な器用さや運動神経があればその「コミュニティの中に入れる」からだ。
本当にどうしょうもない底辺はその時点で「コミュニティに入れない」のだ。
僕たちはコミュニティによってはそもそも「入場券すらもらえなかった」。

平凡であると言うことは何時の時代でも重要なことだった。
それは子供時代から今に至るまで、いや死ぬまで付きまとう問題だ。
平凡に生まれていれば、何でこんな目に合わなくてはいけないんだって時々思う。

 

貴方の子供が発達障害なら出来ないことはやらせるな

おそらく、親に発達障害の症状がなければ、発達障害の辛さはわからないと思う。
人は自分に出来て他人に出来ないことは理解できないからだ。
それは出来ないことが多い僕も同じで、たまたま自分が優位に立つ場面ではつい「何でこんなことができないんだろう」と思ってしまう。
自分も録にできないことだらけの癖にだ。

率直に言ってしまうと発達障害はできないことはマジで出来ない。
僕は運動で言ったら未だに側転も逆上がりもリフティングもできないし、リズムに合わせて踊ることもできない。
サボっていたわけではない。頑張って練習したけど本当に出来ないのだ。

0*1=0」永遠にゼロなのである。

例えば球技が全くダメな子供にサッカーをやらせてもその子が辛い思いをするだけだ。
根性が鍛えられる?それは平凡にこなせる子供だけで、そもそも本当に出来ない子供は蚊帳の外だ。

と言ったものの勉強だけはついてまわることだからそれだけは最低限やらせるべきだとは思う。

 子供が興味を持つことをやらせよう

小さい頃の僕は絵を描くことが好きだった。絵は自分のペースで描くことができるし、スポーツと違って下手くそでも他人に疎まれることもない。
絵は上手くも下手でもなかったけど、結局いつの間にか書かなくなっていた。
でもこれが絵の習い事等を習っていたらもしかしたら運命が変わっていたかもしれない。

勿論何の役にも立たなかった可能性のほうが高いんだけど、現実的にデザイナーや漫画家やイラストレーターで食っている人は沢山いるわけだし、それらはADHDには適した職だ。

それにADHDは想像力豊かな人が多いのは確かだと思う。
現にこうしてこの記事を書いているのも殆ど指を止めていない。これは過集中と書くことが好きだからだろう。
この記事の書き方が上手いか下手かは別だ。ただ思うがままに筆を走らせるって案外出来ない人が多い。

ただ、これが仕事に活かせるかって言うとそうでもないんだけど、子供の頃からちゃんと習っていればワンチャンあるかもしれない。
勿論、絵じゃなくともピアノだろうが書道だろうが何でもいいと思う。

どうせ発達障害もちの子は「普通に生きていても苦労する」のだから、「宝くじを買った気分」で子供に投資してみることも悪く無いと思う。

発達障害は仕事がうまくいってるなら転職は考えるな

発達障害は基本的にポンコツのび太くん型が殆どだ。
こんなことを言うと怒られるかもしれないが、それは本人たちが一番わかっていることなので問題はないだろう。
そんなポンコツでも興味があることに対しては仕事に適応力があったりする。
中には発達障害なのに、人から頼られたりして上手く行く場合もあるのだ。

 

勘違いするな基本的にポンコツだ

自分がやってる仕事がたまたま得意分野だったり、興味があったりする場合、ADHDアスペルガーは良いケースに転ぶ場合がある。特殊スキル「過集中」が発動するのだ。
このスキルが発動すると、人並み、もしくはそれ以上に興味が有ることに集中して取り込める様になる。

一見するとすごい能力に見えるかもしれないが、本当に興味が有ることにしか発動しないので、案外役に立たない。
ただ、この「過集中」に頼って仕事をしていると、大きな勘違いをするようになる。

なんだ俺ってやればできるじゃん」「私天才かもしれない」こういった思考は非常に危うい。こういった思考に陥る時は自分がポンコツであることを忘れてしまっているからだ。

 

勘違いした時の悲劇

誰しもより良い環境に身を置きたいと願うのは当たり前だと思う。
先ほどの勘違いした発達障害も当然のように、「もっと条件が上の会社で働きたい」と思い転職してしまう人もいるはずだ。

ハッキリ言おう「もっと上にいくための転職はやめとけ」。
これが周りにいじめ抜かれたとか、その仕事についていけなかったとかそういう場合なら判る。そんなことは発達障害につきものだから。
でも、自分の能力を課題評価しての転職はおすすめしない。

例えば全く同じ業種に転職したとしよう、「過集中」が活かせる仕事を選んだとしよう。
その仕事をやらしてもらえるとは限らない」「異様に発達障害に敏感な人がいるとも限らない」「集中できる環境で仕事できるか限らない
簡単に考えただけでもこれくらいの環境の変化が待っている。

本当にこれらをクリアしているかどうかは入ってみないとわからない。
もはや完全にギャンブルであり、運ゲーだ。

 

高望みしないで身分相応の生き方をするべき

自分を過大評価してしまって転職してしまった時、最悪のケースに陥る場合がある。
これが普通の人なら問題ない。その程度の環境変化にはすぐ適応できるからだ。

発達障害は違う、自分が得意とされる分野以外は本当に駄目だ。イレギュラーなことに極端に弱い。転職先ではいきなり苦手分野の仕事を頼まれるかもしれない。
周りがいい人ばかりとは限らない。ひょんなことから目を付けられていじめられるかもしれない。
マルチタスクを要求され一つの仕事に集中できないかもしれない。

こういったケースを想定しないといけない。
多くの発達障害は「今の仕事がうまくいってるのなら転職は考えないほうがいい」。
下手をすれば取り返しのつかないことになってしまうし、そもそも仕事がうまくいっているケースのがレアケースなのだと認識した方が身のためだ。
多少不満があったとしてもその会社にしがみついておくべき。