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ADHD的LIFE

ポンコツ管理人による世の中にいる5%のポンコツな人達向けの誰得ポンコツブログ

ADHDの僕が社会にでるまでを振り返る

最近「発達障害」と言う言葉を耳にした方も多いのではないか?
発達障害の分類である、アスペルガー自閉症はなんか聞いたことあるな「ちょっと変わった人達」という認識の方も多いと思うけど、その程度の認知度ではないかと思う。

僕が発達障害について知ったのも社会人になってからだった。
ネットにあがってるADHDの症状と僕の症状が一致している所を見て、ガッカリしたというよりは、あぁやっぱりなと言った印象をだった。

その後、僕は心療内科で相談することになるんだけど、それは別の機会に書こうと思う。
今回は僕が社会にでるまでをテキトーに振り返って書いてみた。

 

小さい頃から人にできて自分に出来ないことが多かった

思えば、僕には他の子と比べて出来ないことが多かった。
異常に不器用だったし、体育はからっきしダメだった。
かけっこも遅かったし、逆上がりもできなかった。側転もできなかった。
典型的なのび太君のような存在だったけど、のび太君と違うのはドラえもんがいないことと、勉強は中の下くらいにはできたことだ。

 

それでも子供の頃はなんとかなった

周りに恵まれていたのもあるが、おっちょこちょいのお笑いキャラみたいな扱いでなんとか切り抜けた。
一時的なものではあったけど、クラスの人気者にもなったりした。
高校に入るといじめられた時期もあったけど、卒業すればなんとなでもなると思っていた。

 

いいかどうかは別として自分なりに考えて進学した

高校卒業後、Web系の専門学校に進学した。
すでに学生生活やアルバイト等で自分のポンコツ具合がわかっていたから。
パソコンなら手先の器用さは関係ないと思ったし、物を作ること自体は好きだった。
というより、他に選択肢がなかったとも言えた。
学生生活は悪くなかった。リア充とは言えなかったけど、課題も無難にこなして交友関係は少なかったけど、友達には困らなかったかな。

 

配られた手札はどうしようもなかった

発達障害というものを知る前からすでに自分はうまくは生きていけないのだろうという自覚はあった。
その時点で20年も生きてれば、気づいて当たり前といえば当たり前かもしれない。

トランプの大富豪で例えたら、4~9くらいの数字しかないような、革命が起きたとしてもどうしようもない手札だと思う。
投げてしまいたくなるような手札をどうにかしてやりくりしていくしかない。

その後、お約束のように社会の洗礼を浴びることになるのはまた別の機会にでも書こうと思う。