ADHD的LIFE

ポンコツ管理人による世の中にいる5%のポンコツな人達向けの誰得ポンコツブログ

もしも貴方の子供が発達障害だったら

僕はごく普通の両親の元に生まれた。経済的には中流以下の家庭だったけどお金には困ったことはなかった。
習い事はいくつか習わされたけど、どれも自分に興味のないものばかりだった。
両親には悪いけど、結局その習い事が役に立つことは殆ど無かった。
当時は発達障害なんて殆ど知られていなかったと思う。
親たちは子供にはとりあえず将来役に立ちそうな習い事や、精神を鍛えるために身近なスポーツを習わせた。

 

もしも僕がADHDで無かったら

時々ふと思うことがある。もしも僕がADHDでは無かったら、人並みの器用さや運動神経をもっていたらどうだったのだろうかと。
とりあえずサッカーや野球やバスケ等は普通にできたはずだ。
勿論トップクラスなんて贅沢は言わない。平凡でもいい。
平凡な器用さや運動神経があればその「コミュニティの中に入れる」からだ。
本当にどうしょうもない底辺はその時点で「コミュニティに入れない」のだ。
僕たちはコミュニティによってはそもそも「入場券すらもらえなかった」。

平凡であると言うことは何時の時代でも重要なことだった。
それは子供時代から今に至るまで、いや死ぬまで付きまとう問題だ。
平凡に生まれていれば、何でこんな目に合わなくてはいけないんだって時々思う。

 

貴方の子供が発達障害なら出来ないことはやらせるな

おそらく、親に発達障害の症状がなければ、発達障害の辛さはわからないと思う。
人は自分に出来て他人に出来ないことは理解できないからだ。
それは出来ないことが多い僕も同じで、たまたま自分が優位に立つ場面ではつい「何でこんなことができないんだろう」と思ってしまう。
自分も録にできないことだらけの癖にだ。

率直に言ってしまうと発達障害はできないことはマジで出来ない。
僕は運動で言ったら未だに側転も逆上がりもリフティングもできないし、リズムに合わせて踊ることもできない。
サボっていたわけではない。頑張って練習したけど本当に出来ないのだ。

0*1=0」永遠にゼロなのである。

例えば球技が全くダメな子供にサッカーをやらせてもその子が辛い思いをするだけだ。
根性が鍛えられる?それは平凡にこなせる子供だけで、そもそも本当に出来ない子供は蚊帳の外だ。

と言ったものの勉強だけはついてまわることだからそれだけは最低限やらせるべきだとは思う。

 子供が興味を持つことをやらせよう

小さい頃の僕は絵を描くことが好きだった。絵は自分のペースで描くことができるし、スポーツと違って下手くそでも他人に疎まれることもない。
絵は上手くも下手でもなかったけど、結局いつの間にか書かなくなっていた。
でもこれが絵の習い事等を習っていたらもしかしたら運命が変わっていたかもしれない。

勿論何の役にも立たなかった可能性のほうが高いんだけど、現実的にデザイナーや漫画家やイラストレーターで食っている人は沢山いるわけだし、それらはADHDには適した職だ。

それにADHDは想像力豊かな人が多いのは確かだと思う。
現にこうしてこの記事を書いているのも殆ど指を止めていない。これは過集中と書くことが好きだからだろう。
この記事の書き方が上手いか下手かは別だ。ただ思うがままに筆を走らせるって案外出来ない人が多い。

ただ、これが仕事に活かせるかって言うとそうでもないんだけど、子供の頃からちゃんと習っていればワンチャンあるかもしれない。
勿論、絵じゃなくともピアノだろうが書道だろうが何でもいいと思う。

どうせ発達障害もちの子は「普通に生きていても苦労する」のだから、「宝くじを買った気分」で子供に投資してみることも悪く無いと思う。