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ADHD的LIFE

ポンコツ管理人による世の中にいる5%のポンコツな人達向けの誰得ポンコツブログ

発達障害の末路

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僕は将来どうなるのだろうってよく考えることがある。
25歳を超えると、自分の限界が見えてくる。
人並みか、人並み以上か、人並み以下なのか段々わかってくるようになる。
とりあえず、並み以下なのであろう。
そして人並みの生活をすることは実は自分にとってはとても難しいことに気づく。

道行く幸せそうな人達とそうでない人達

街を歩いてみると、楽しそうにしている学生達が羨ましく映る。
僕はリア充ではなかったし、いじめられた時期もあったけど、それでも楽しかった時期は多かった。
同年代で他愛のない毎日過ごすってことは実はとても貴重なことで、学生の僕にはそれがわからなかった。宝くじがあたって大富豪になったとしても、同じ経験はできないだろう。

幸せそうな若い夫婦と小さな子供が羨ましく映る。
僕はおそらく、こうはなれないのだろう。自分のことで精一杯だ。
自分の世話もろくにできないのに人と一緒に暮らせるのかとか、自分の発達障害が子供に遺伝したらどうしようとか、そんなことを考えてしまう。
まぁそもそもモテる要素もないからそんなことを考える必要もないといえばないのだけど。

路上生活をしている人が将来の自分に重なって見える。
よく観察しているとわかることだけど、路上生活してる人は一人でブツブツ何かにキレている人が多い。

子供の頃はこの人達は得体の知れないに恐ろしい人に見えた。知った今は、この人達はきっと何らかの発達障害なんだろうと思うようになった。

彼らの若い時代はどんな人達だったんだろうとか、どんな仕事をしてきたのだろうかとか、家族が亡くなって一人で生きていくしかなくなってこうなってしまったのだろうかとか、色々妄想を張り巡らせた。
もしかしたら、僕は昔の彼らと同じなのかもしれない。

 

そうならない為には自分で生きる術を見つけるしか無い

僕も含めて、多くの人達が家を失うくらいまで追い詰められたなら生活保護を考えるだろう。それすら却下されたならもう自らの手で命を絶つしかないんじゃないかと思う。
そうなった時、少なくとも自分なら人生を挽回する気力はもう無い。

ちなみに他に発達障害は支援は受けれるのかと言うと、発達障害単体では障害年金は降りない。他の鬱病などの精神病を発症していれば貰える可能性はある。

障害者作業所なんてものはボランティアに近いし、誰かに養っていてもらえないととてもじゃないけどそれだけでは暮らしていけない。
一般企業の障害者枠は給料が安いだけで、現状あまりあてにならない。

ようするに発達障害はハンデがあるにも関わらず、録な支援は受けれないから、自分で「そうなる前に生きる術を見つける」しか無い。この辺の闇はまたどこかで記事に書こうと思う。