ADHD的LIFE

ポンコツ管理人による世の中にいる5%のポンコツな人達向けの誰得ポンコツブログ

大抵の人は自分の知らないことを調べないからそこにチャンスがある

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最近、ビットコインの暴落がテレビで報道された。

うちの親父は、ビットコインなんてものは詐欺だと言っている。

ブロックチェーンがどうのこうのだ、脱中央集権がどうのこうのだなんてことは、もちろん知らないし、仮想通貨のことなんて一切調べもしていない。

自分には、よくわからないものだから、よくわからないままに詐欺だと言っている。

 

自分で調べるという、習慣が無い人

そもそも、うちの親父は、というか、大部分の人は自分で調べるということをしないのだ。判らないことは調べるという発想や習慣がないから。

例えば、仮想通貨を詐欺と言うなら、これこれこう言う理由があって、だから詐欺なんだと納得いくように理論づけて考えたり発言するべきだ。

よくわからないまま、詐欺だと言ってしまうのは、考えることを放棄している。

別に、仮想通貨を擁護しようという訳では無く、それはスマホ、ケータイ、インターネット、パソコン、株、テレビゲーム、漫画・・・

例をあげればきりがないほど、こんなものは、クソの役に立たないとか、詐欺だとか言われ続けてきた。

でも、それらは生き続けている。いや、むしろ、なくてはならないものになっている。

もちろん、騒がれて失敗したものも沢山ある。セカンドライフとか、あんだけ騒がれたのに、オワコンだし。

ここで言いたいことは成功や失敗なんかではなく、自分で調べることの重要性だ。

 

自分で調べて考えることにより、経験値が積まれていく

考えてみれば、自分で調べること、自分で納得するという手順を踏むことはとても大事なことだ。

僕は仕事柄、よくパソコンについての質問を受ける。
その質問については、すぐわかるようなものもあれば、ちょっとググればでてくるようなものが殆どだ。

僕はちょっと調べてみますと言って、時間を貰い、Webサイトで筋が通っているサイトを見て、あたかも自分が知っていたかのように回答したり、パソコンの設定を変更したりする。

その作業手順や説明は、実際のところどうでもよく、結果に対して「ありがとう、助かったよ」とお礼を言われる。

僕も、所詮はWebサイトに答えを聞いているだけの人間だが、前者の人と違う点が一つだけある、それは「自分で調べてる」ということだ。

人に答えを委ねない。まぁWebサイトに答えを委ねてるというのはそうだけど。でも昔から、それは同じ。

例えば、昔は英語のスペルがわからなかったら、辞書に答えを求めていた。それがWebサイトに変わっただけだ。

同じ英語のスペルを調べるにしても、英語が判る人に、このスペルを調べて紙に書いておいてと人に頼む人と、自分で少しでも時間をかけて辞書を引いた人とでは、後者のほうが、経験値にはなるだろう。

だから、僕がググって答えを出した結論にせよ、僕に経験値は残る。「こういう時は、こうすればいい」という断片的な記憶が残り、次にその場面を迎えた時、解決に到達するのが早くなる。

 

昔よりも遥かに調べ事が簡単になった

昔は、自分で調べるという事自体は、本を読むくらいしかなかった。
極論で言えば、自分で調べる習慣が無くても、周りの人は殆どが自分で調べるという行為自体がてきなかったので問題無い。

今は違う。インターネットから情報の見極めは必要だが、瞬時に自分が知りたい情報について調べることができる。

そこでネット上だけの情報では足りなければ、本を買ってより深く掘り下げればいい。
その本だって電子書籍なら一瞬で買える。自分の足で本屋に出向かなくても、すぐ手元に情報が届くわけだ。

だから、探求心があって自分で物事を調べる人は、右肩上がりで経験値がつまれていく。そうでない人とは、比べ物にならないほどに。

 

物事を調べるという事は誰でもできる。発達障害でも

自分で調べるということは、発達障害という、クソみたいなハンデがあってもできることだ。
自分で考えて、調べることを「する・しない」という選択肢がそこにあるだけで、ドラクエの「はい・いいえ」と同じ。二択しかない。

時代とともに、自分が知らないことを調べる方法は常に変化してきた。

沢山の本が庶民でも気軽に買えるようなり、図書館ができて、インターネットができて、グーグルができて、スマホができて、今度はAIか。

未来がどうなるかなんて、予想もつかないけど、今後も多分変わっていくんだろう。

でも、絶対に調べるという行為はなくならない。
物事を探求することは人間が成長する過程で絶対に必要なものだから。

だから、その手段を使えるようにすればいい。これからPCやスマホに変わる新しい方法も、めんどくさがらずに、その時が来たら触ってみればいい。

変化をすることを拒めば、時代に置いて行かれる。インターネットを未だに触ったことが無い、お爺ちゃんみたいに。

そして、こんなにインターネットが発達した世界でも、自分で調べる習慣がある人は驚くほど少ない。

だからこそ、そこにチャンスがある。

自分で調べて行動できる人は本当に強いと思う。自分で考えて、答えを導ける人だから。

そして、それができる人は少ないということは、それができる人は、普通ではない、ということになる。

どうせ発達障害は普通じゃないという烙印を押された人たちだから、普通じゃないのなら、普通じゃないことを思いっきり、すればいい。

だって普通にしてても、幸せになれないでしょ?普通と言うレールから外れた、規格外の人たちなんだから。

なんか言っていることがよくわからなくなってきたからここで締めよう。

 

以上、大抵の人は自分の知らないことを調べないからそこにチャンスがある、でした。